広島高等裁判所 昭和62年(う)57号 判決
論旨は,要するに,原判決は,被告人が架空仕入,架空経費を計上し,自己の開設したB診療所分の所得を同診療所医師Aの名義で所得税確定申告をしてその所得を除外するなどの方法により所得税を免れたと認定したが,…中略…仮に,右診療所が被告人の経営に係るものであるとしても被告人は当時X税務署から分離申告をしてもよい旨の行政指導を受けそのとおり分離申告したものでほ脱の意思を欠き,…中略…被告人がB診療所の収益についてA医師の名で分離申告して所得税をほ脱した旨認定した原判決には事実誤認があり,所得税法12条,238条の適用の誤りがある…中略…というのである。
…中略…関係各証拠によれば,本件当時,A医師は被告人から一定割合の報酬を支給されていたこと,B診療所の現金収入はすべて被告人に渡され,同診療所の診療報酬が振込み入金されるA名義の普通預金口座の預金通帳及び印鑑も被告人が保管し,その中から被告人が同診療所の従業員の給料,薬品代等の支払をしていたこと,同診療所の事業所得についての所得税も被告人が支払っていたことが認められ,これらの事実に照らせば,B診療所の経営者は被告人であり,A医師は単なる名義人であって,被告人が同診療所の収益を享受する実質所得者であることは明らかである。
…中略…確かに関係各証拠によれば,被告人は本件犯行前に当時X税務署所得税課長をしていた甲から分離申告をしてもよい旨聞いていたことが認められるけれども,被告人は本件各犯行当時B診療所の収益が自己に帰属し,したがってC病院の収益と合算して所得税の確定申告をする必要があること及び分離申告をすれば累進税率の関係で所得税を少なくすることができることをそれぞれ認識していた上,関係各証拠によれば,被告人が甲から分離申告してもよい旨聞いたのは,その前にX税務署の乙係官からB診療所の収益も合算して申告すべきである旨言われたことを契機としてその上司である甲のもとへ赴いた際のことであることが認められ,右事実によれば,被告人は当時X税務署の内部でも右の点についての見解が分かれていることを知っていたことが明らかであり,このような状況の下で前記のような認識を有していた以上,たとえ甲から所論のように言われたとしても,被告人が少なくともほ脱の未必の故意を有していたことは明らかであり,その意味で原判決の「被告人には,B診療所の所得を自己の所得として申告しなければならないとの点についても,少なくとも未必の故意が存していたことが認められる。」との説示はこれを正当として是認することができる。